銀座で起きたふたつの出来事

私は何度か銀座で働いていたことがある。

ある日、帰り道に歩道を歩いていると横断歩道を渡り終えた男の人が歩道につくや否やガシャンと音をたてた。私の目前でそれは起きたので一部始終を私は見ていた。彼は嬉しそうにお酒の箱を抱えていた。あまりに嬉しくて待ちきれないという様子だったから止まることもせず歩きながら箱を開けて中のお酒を手にしたかった様子が解った。しかし箱から手にした瞬間に歩いていた勢いもありお酒は下に落ちてしまったのだ。瓶のガラスは粉々に砕け散って辺りに良い香りが広がった。私はお酒に詳しくないのでウイスキーなのかブランデーなのかわからなかった。彼はしばし呆然としたが周囲の視線を感じてか、すぐに諦めた。片付けようにも片付けられず困っていたが、それよりも彼のショックはいかばかりかと察せられた。銀座まで来てやっと手に入れられた希少価値の高いお酒だったであろう。それを手に入れた喜びを抑えきれず早く手にして眺めたかったのだろう。高価だったに違いない。お金を払って念願のお酒を買った時に、まさか数分後にはパーになっているなんて想像だにしなかったことだろう。彼はお酒を一滴も味わうことなく代わりに喜びと失望を数分の間に一挙に味わった。人ごとながらも彼の残念さがどれほどのものだったかとなかなか忘れられない出来事だった。

 

銀座での勤務帰りに歩道でいきなり若い男子に腕を捕まえられた。彼は私に「お前は日本人だな」と言うと私の手を取って上に上げさせ大声で誰とも言わず周囲に向かって叫んだ。叫んだ内容は半分も解らなかった。私に解ったのは彼が韓国人だということと日本人に対して敵意を抱いているということだけだった。「お前ら日本人は‥‥と罵倒すると私の手を投げ捨てるように離し、歩いている人達に向かって叫んでいた。私は急いでその場を離れた。いきなり街中で捕まえられて刺されることもあるだろうから怖かった。職場では中国人や韓国人に会う機会がある。表立っては言わなくても韓国人の日本人に対する恨みは世代を超えて語り繋がれていることは確かなようだ。忘れられない出来事のひとつである。